2013年8月15日木曜日

『手紙』―東野圭吾―

「事実」の前には、どんな思いも無力となる。
改めてそのことを実感させられた作品だった。

事実は消せない。事実に打ち勝ちたいのなら、更なる事実が必要となる。
この2つの文は、今の自分の考えを支えるものだ。

過去の過ちは消せない。過去は、言わば「事実」だ。
起こってしまったものは消せない。
起きた結果、生じた物を破壊することは出来る。見えないまでに粉々にすることも出来る。
しかし、起きたという事実は壊せない。粉になるまでに砕くことも出来ない。切り刻むことも、破り捨てることも出来ない。

では、過去に対して私が取れる最大の対策は何か?受け入れることである。
受け止め、許容することだ。
無視することでも、反発することでもない。
事実を認め、分析し、その過去が「理想の自分」の一部の構成要素となるように、今後の行動を定めることが最も効果的な対策だろう。
この、「認め、分析し、今後の行動を定める」というプロセスを行っている場こそ、"今"である。
そして、「理想の自分」が、"未来"である。




重く、深く、鋭い。
そんな話だった。


『手紙』―東野圭吾―
2003年

映画
2006年11月3日
全国松竹・東急系で公開

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